2008年 03月 26日
ジャズ・ジャーナリズムというテーマ |
4月18日から21日にかけてブレーメンでjazzahead!というジャズイベントが開催される。数年前にスタートしたjazzahead!は、各国のミュージシャンを招いたコンサートだけでなく、ドイツ人ミュージシャンを各国に紹介しようというプログラム”ジャーマン・ジャズ・ミーティング”なども行われるバラエティに富んだ催しである。
その一環でパネル・ディスカッションも開催されるのだが、ニュースレターにあったテーマが目を引いた。二つのパネルが予定されているのだが、ひとつは"Quality in Jazz Journalism"、もうひとつ" The Future of Jazz in Public Radio"。ヨーロッパ各国からジャーナリストなどを招き、英語でディスカッションするという。
そのテーマからジャズ・ジャーナリズムも大きな過渡期を迎えているという自覚、そして危機感が伝わってくる。また、そこでは自ずとジャズ評論のあり方も問われるに違いない。ラジオが俎上に乗るのは、ラジオを日常的に聞く人が日本より多く、また多くのジャズ祭のスポンサーになっているという事情が反映されているのだろう。どの国のライターも玉石混淆であり、質の低下が問題となっていることも同じだ。しかし、それを問題視し、これからジャズ・ジャーナリズムがどうあるべきか考えていこうとする動きがあることだけでも、何かにつけ内輪な話に終始しがちな日本のジャズ言論界とは隔世の感がある。日本のジャズ・ライターはCD情報だけは感心するくらい収集しているものの、このような時代の動き、世界の流れには鈍感な気がしてならない。それはあまりに内向きなこの国のジャズ・ジャーナリズムの貧しさをも現しているようにさえ思える。
その一環でパネル・ディスカッションも開催されるのだが、ニュースレターにあったテーマが目を引いた。二つのパネルが予定されているのだが、ひとつは"Quality in Jazz Journalism"、もうひとつ" The Future of Jazz in Public Radio"。ヨーロッパ各国からジャーナリストなどを招き、英語でディスカッションするという。
そのテーマからジャズ・ジャーナリズムも大きな過渡期を迎えているという自覚、そして危機感が伝わってくる。また、そこでは自ずとジャズ評論のあり方も問われるに違いない。ラジオが俎上に乗るのは、ラジオを日常的に聞く人が日本より多く、また多くのジャズ祭のスポンサーになっているという事情が反映されているのだろう。どの国のライターも玉石混淆であり、質の低下が問題となっていることも同じだ。しかし、それを問題視し、これからジャズ・ジャーナリズムがどうあるべきか考えていこうとする動きがあることだけでも、何かにつけ内輪な話に終始しがちな日本のジャズ言論界とは隔世の感がある。日本のジャズ・ライターはCD情報だけは感心するくらい収集しているものの、このような時代の動き、世界の流れには鈍感な気がしてならない。それはあまりに内向きなこの国のジャズ・ジャーナリズムの貧しさをも現しているようにさえ思える。
by kazuey1113
| 2008-03-26 07:46
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